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アラサーでドイツに引っ越した私が日本に帰国してブログを再開した理由

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はじめまして!
新たにwordpressでブログを再開した、Tomomiです。
ドイツ滞在中に気ままに綴っていたアメブロを更新しなくなって1年近く経つ私が、
ブログを再開した理由を、自己紹介を兼ねて勝手にお伝えします。

略歴

・1985年新潟生まれ、横浜育ち。
・東京都内の大学を1年目で中退し、旅行系の専門学校に入学。

・卒業後、アメリカ/フロリダのディズニーワールドで1年働く。
・29歳直前にドイツのベルリンにお引越し。(2.5年滞在)
・現在は日本に帰国し、転職サポート関連のお仕事に就きつつ、次の居住地を探し中。

<今まで住んだことがある場所>
新潟県・東京都数ヶ所・神奈川県数ヶ所、
シアトル(WA)・オーランド(FL)・ベルリン(ドイツ)
おまけ:アテネ(ギリシャ)1ヶ月だけ。

転勤族でもないのに、幼い頃から、
同じ所に3年以上いることがほぼありませんでした。
幼稚園・小学校・中学校・大学/専門は全て転校経験あり。
社会人になってからは、ヤドカリのように、
まじめに当時の自分がやりたいことにフィットする場所を求めて転職を繰り返しました。
(勤続期間:最長2年/最短数ヶ月)

ブログを再開した理由

「住みたいと思った場所で生活する」を叶えたいから!

今までは「雇用される」という前提で生活をしていましたが、
ドイツでビザの取得方法を調べていくうちに、
「リモートワーク」や「フリーランス」「個人事業主」という、働き方/生計の立て方に興味を持ち始めました。

フリーランスに興味を持った理由

  • 働く場所に縛られない。
  • 住みたいと思った場所に住める。
  • 通勤しなくてもいい。
  • 年齢的に、ワーホリビザは取得できなくても、フリーランスビザなら取得できる。

興味を持ったきっかけは、最後の「ビザ」。

「フリーランス」という働き方は、
ずば抜けて有能で特殊な人だけが選択できるものだと思っていましたが、
調べると、未経験から始める人も多いと知り、
わたしもやってみたい!と思うようになりました。

ブログを再開した理由

すでに、フリーランスで活躍されている人たちには、

  • 発信力が高い
    and/or
  • 対面のコミュニケーション能力がものすごく高い(その辺の人に積極的に声掛ける)

という人が多いと感じたので、
わたしは、とりあえず発信力を高めよう!と、ブログを再開しました。

これからの夢

いきなりフリーランスで生計を立てよう!とは思っておらず、
当分の目標は「雇用される」割合と「フリー」の割合を、50:50にすること!

現在は横須賀を拠点に週に3日働きながら、フリーランスへの道を模索中!
頂いたお給料にプラスして、自分でも稼げるようになったら、すっごく嬉しいです。

50:50にする目標が叶っても叶わなくても、
来年はまた国外に引っ越して、引き続きチャレンジしたいと思っています。
雇用されてても、結婚していても、子供がいても、歳を重ねても、
自分の好きな場所で、好きな時に、好きなことをする!というライフスタイルを送り、
同世代や若い世代の人たちにも、そうできるよ!って伝えたい\(^o^)/

(無駄に)詳しいプロフィール

生まれ

母親が里帰りした新潟県内の病院で誕生。
数ヵ月後、横浜へ。

のち、横浜→東京→横浜→横須賀→新潟と引越し。
(高校を除いて、同じ学校や職場に3年以上所属したことがありません。)

高校時代の将来の夢は…
「英語を使う仕事がしたい」
「ディズニーランドで働きたい」
ざっくりすぎかよ(英語を使う仕事ってなんだよ)。

ということで、
新潟の高校を卒業したらやりたい!と
ずーーっと楽しみにしていたのは、
「東京ディズニーランドでのアルバイト」

高校卒業後

ギリ都内の大学に入学するやいなや、
ディズニーランドでのアルバイトを始める。
気の合う最高の同期仲間に恵まれて、
通勤に2時間弱もかかるのに、
バイトがある週末がくるのが楽しみで仕方ありませんでした。

一方…。
大学生活は、思っていたとの違う…と感じ始めました。
毎日ちゃらちゃらと遊んでいるキャンパスの人たちを見て、
※実際にはちゃんと勉強していたんだと思いますが、当時のわたしはそう思ってしまった。

「ここで4年間無駄にした後わたしどうなるの。」とモヤモヤを感じ、
「そうだ!大学を辞めてディズニーランドで働こう!」(←)と意気込むところを、
同期として働く親友(頭いい大学生)に「フリーターはやめておけ」と、止められる。

考えた末、1年目の冬に大学を辞めて、
バイトの同期&後輩が通っていた、
旅行の専門学校(夜間ホテル科)に入学。
ディズニー以外のバイトも始めて、
バイト三昧の楽しい日々を過ごしました。
バイトというより、サークルに行くような気持ちでした。
(サークル入ったことないから想像だけど。)

10ヶ月シアトル生活

大学を辞めて入学した専門学校は、
アメリカへの留学制度があったため、
それを利用して、米国シアトルへ10ヶ月間語学留学に行きました。
※まだイチローがシアトルマリナーズにいた時代。

ここで私の人生は大きく変わりました。

「超絶ネガティブにもかかわらず強気/時々弱気」だったわたしは、
「超絶ポジティブで強気/時々弱気」なわたしに生まれ変わりました。

当時の将来の夢は…
「イチロー(みたい)になること」
(ストイックな彼とは正反対な性格なのに…!?)

アメリカと東京のディズニーの違いを体験

ディズニーヲタだったわたし
(レベル:2パーク年パス保有/大砲レンズ無)は、
留学期間中、当然カリフォルニアとフロリダーのディズニーランドに行ったのですが、

そこで衝撃を受けました…。

「接客の仕方が全然違う!!!!」

大学辞めてホテル科に入学したくらい、
当時は「接客/サービス」が大好きでした。
時間があれば、
・リッツ・カールトンへ1日研修
・星つきホテルのアフタヌーンティー巡り
・星つきホテル泊(朝食美味しいところ)
・掛け持ちバイト@TGIフライデーズ
・掛け持ちバイト@スターバックスコーヒー
などを楽しんでいました。

専門学校を卒業したら、
ハイアット系列のホテルで働く気でいましたが、
同じディズニーなのに異なる接客スタイルに興味を抱き、
フロリダのディズニーワールドで働くための面接を受けました。

ディズニーヲタが高じて…

フロリダから来たリクルートチームとの面接@高田馬場。

恐らくTOEICの点数や英語レベルは他の応募者より低かったけれど、
シアトル時代に、親切なアメリカ人と一緒に
時間を過ごす機会が多かったおかげで、面接に合格!※好印象な受け答えの仕方が身についていた。

2008年4月から1年契約で働くことに。(23歳)
(専門卒なので大卒とは違うけど、いちおう新卒を捨てた組です。)

余談:当時、賢くなくてよく分かっていなかったけれど、
リーマンショックの影響で、高給のマネージャーから順に辞めさせられていました。

昔からの夢だった、
「英語を使う仕事がしたい」と
「ディズニーランドで働きたい」を
同時に叶え、さらにヲタには嬉しい、
世界中のディズニーランドを巡るツアーをしながら帰国。

(フロリダ→カリフォルニア→クルーズ→パリ→日本→香港)

まじめに転職を繰り返す落ち着いた生活

ディズニーの日常にあった、ワクワクが
だんだん薄れてくるのを感じながらも、
安定した生活を楽しんでおりました。

24歳~28歳の間に
4度転職しましたが(どこが安定)、
その度に、会社の同僚や、知人に
もう海外には行かないの?と訊かれました。
当の本人は、まったくもって興味はなく、
イチローになる夢はすっかり忘却の彼方。

就職していても海外旅行はできた

正社員/契約社員として転職を繰り返すも、
幸い、どこも長期休暇を快く承諾してくれる会社ばかりで、
年2,3回の海外旅行を楽しみに生きていました。

2013年の初夏、
10日間のスイス旅行中に起きた、ある出来事をきっかけに、
もう一度海外生活をしてみたくなりました。

※スイスでの偶然の出会い(別記事にします)

引越し先に選んだのはドイツ!

英語圏のロンドンと迷いましたが、
「陸続きの方が旅行しやすそう」という理由で、ドイツのベルリンへお引越し。

行くからにはできるだけ長く滞在したかったため、
ワーホリ期間中に頑張って、就労ビザをサポートしてくれる会社を探そう!
と意気込んでいました。※当時はフリーランスや学生ビザというアイディアはなかった。

そんなわたしに友人が見つけてくれたのが、
「3年分のビザサポートします@ベルリン」という求人。

え!いきなり3年もビザもらえるなんてオイシイ!

と面接申し込み。
メールで何度かやり取りをした後、
1度のあっさりした面談で採用していただき、
2014年(29歳)の6月からベルリンで働き始めました。

ベルリンでまた大きく変わった価値観

アメリカで「超絶ポジティブで強気」になったのに、
アラサー世代を日本で過ごすうちに、
「他人の目が気になるし、こわい」
「ポジティブな振りをしたネガティブ」になっていたわたし。

日本での生活はいわゆる「リア充」(古)と
呼べるような楽しい毎日だったけれど、

ベルリンで自分の部屋に一人になったとき、
ものすっごい開放感に喜びと嬉しさがじわじわ~っとこみ上げました。

ベルリンの空気の中で生活をするうちに、
「他人の目も、ポジもネガも、強気も弱気も、どうでもいい」
と、思えるようになりました。
が、その代わり日本に帰りたくないという想いが強くなりました。

神様からの日本帰れコール?

絶対に日本には帰りたくない。
と、切実に思っていたのですが、
ドイツ生活2年過ぎた頃から、だんだんと、
もしかしたら、そろそろ日本に帰っても大丈夫かも?と思い、
とりあえず、一時帰国。

一時帰国中に、色々あって、
やっぱり今の職場を辞めよう。と決意。
※ベルリンでも1度転職しましたが、転職先も辞めることに。
※この頃から「雇用されない」生き方に興味を持ち始める。

ベルリンに戻り、
就労ビザをワーホリビザに切り替える手続きをしに行ったら、
ワーホリビザへの切り替えが受理されず、
退職済みのため、就労ビザは取り上げられてしまいました。

https://tomomit.com/entry/visafailure/

次の仕事が見つかるまでこれあげる!と、
半年間滞在できる仮ビザをもらいましたが、
仮ビザでは就業はできず、
フリーランスに興味を持つものの、
少しだけあった貯金はなくなる一方。
これは、日本に帰りなさい、ということなのかな??と悩む。

とりあえずギリシャ

ベルリンでの生活に不安が募る中、
ギリシャの海辺の家に1ヶ月滞在することに。
どこぞのTV番組の「1ヶ月1万円生活」ならぬ、
「1ヶ月0ユーロ生活」(ありがたい幸運!)

10時過ぎに起きて、
コーヒー飲んだら目の前の海に飛び込み、
15時にお昼ご飯を食べたら、
シエスタ(お昼寝)、そしてウクレレ。
という生活を1ヶ月続けて、

「お金がなくても、こんなに豊かさがある」と感じました。

日本に帰る決意

ギリシャ生活を終えて、ベルリンに戻ると、
何だかんだ言っても、またやってくる不安とモヤモヤ。
2016年10月ついに日本に帰る決意をしました。

日本に帰ることを決めたら、
やってみたいな~と思っていた仕事(未経験)の話がすぐに舞い込んできて、
面接もせずに、内定をもらうという意味不明なことが起こりました。
見えない、日本帰りなさい後押しがすごい。笑

日本では、すごく恵まれた環境で、
のびのびと働かせてもらい、
大感謝な日々を過ごしながらも、
ドイツと日本の生活スタイルのギャップに苦しむかたわら、

実際に好きなこと(フリー/個人事業)で生計を立てる人たちに会いに行ったり、
自分に合う方法でドイツに戻る機会をはかっていました。

いま現在

その後、2ヶ月程仕事のお休みをいただいて、再度ベルリンへ。
ベルリンに置き去りにしていた荷物を全部片付けると、
今度は違うところに住んでみたいかもと思い始めました。

7月8日2017年

ドイツで既にフリーランスとして活躍されている、
wasabiさんと日本でお会いできるセミナーがあったので参加しました。
参加前にブログを立ち上げよう!と思い、wordpressでブログを開設。

7月15/16日2017年

ずっと行ってみたいと思っていた、
千葉の田舎(金谷)にあるコワーキングスペース「まるも」にて、
「週末フリーランス養成講座 ~1から始めるブログの作り方~」という、
今の自分にぴったりな講座があったので参加し、このブログを本格的に開始しました!
他にも楽しそうな講座がたくさんあるので、オススメです!!!

【まるも】週末フリーランス養成講座という超お得な合宿参加体験記【千葉/金谷】

イチローになる夢は健在

行動力/実力ともに、備わっていなくて、
正直とても恥ずかしいけれど、
イチローになりたいと今でも思っています。
「一番になりたい」とか「有名になりたい」
ということではくて、
自分にしかできないことをしながら、
自分らしくかっこよく生きたい。と思っています。

ありがとうございました!

ながーい、自己紹介にお付き合いありがとうございました。
これからもっと書く機会を増やして、読みやすい文章を目指すので、
たまに覗いていただけると嬉しいです。

実は、ブログには載せていない(載せる予定ない)
「裏:ドイツに住もうと思った理由2013」
「裏:ドイツ以外に住んでみようと思った理由2017」もあるので、
実際にお会いする機会があったらお酒でも飲みながら聞いてください(笑)

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